■ロンドンから北に100キロメートル、ベッドフォードシャーのウォーバン・
アビーへ。ここにはアフタヌーンティーの創立者と言われる、七代目ベッドフォード公爵夫人、アンナ・マリアが住んでいた館がある。
■時は1845年頃、公爵夫人はこの館の応接室に人を招き、午後のひとときをおしゃべりに費やした。その室は、ブルー・ドロウイングルームと呼ばれ、金の模様がちりばめられたブルーのシルクの壁布に、美しい金細工の絵柄の天井から豪華なシャンデリアが吊り下げられている。
■豪華でおいしいと名高いイギリスの朝食は、朝からディナー・メニュー
と言われるほど盛りだくさんで、ランチは召し使いの手を煩わせないというのが習慣だったが、観劇や音楽会が終ってからのディナーは、かなり遅い時間になったので、
いくら朝食をたくさん食べていても空腹に耐え切れなくなってしまう。
■そこで公爵夫人は、この応接室で、スコンやサンドイッチ、ケーキなどをサービスし、紅茶と一緒に楽しんだとのことである。
■1845年と言えば、既にインドのアッサム茶は本格的な茶栽培が行なわれていて、奇跡と言われた中国種の茶樹も、カンベル博士によってダージリン地方で栽培
が成功していた。
■「公爵夫人のアフタヌーンティーでは、中国のラプサンスーチョンやインド茶も用意されていた」とある。ラプサンスーチョンは中国武夷山の正山小種(セイサンショウシュ)として紅茶の元祖であり、インドのダージリンは、
世界最高の香りとして王侯貴族に崇められた最高級茶である。果して、今日味わっているようなダージリンの、フルーツとも花のようなとも言われる香りを当時の公爵夫人
たちは、既に楽しんでいたのだろうか。
■イギリスのミルクを入れる紅茶、ティー・ウィズ・ミルクは、ダージリンのオータムナル(秋摘み)でいれるのが最もおいしいとされている。それはファースト・フラッシュよりも水色が濃くなり、ミルクを入れた時に、クリー
ム・ブラウンという狐色のおいしそうなカラーになるということ。そして、パンジェンシーと呼ぶ快い刺激的な渋味は、ミルクでまろやかになり、より快く、ソフトに味わうことができる、という点である。
■ただし、茶の文化を知っていた王侯貴族たちは、ダージリンに対しても中国種であるということに敬意を表していた。だから、ポットにいれた紅茶の最初の一杯目は、香りを楽
しむべくブラックティーで味わい、二杯目や三杯目に濃い水色になった時はミ ルクを入れる。本来中国茶にはミルクを入れない、という習慣を少しだけ真似たもので、これがダージリンティーの味わい方として重んじられてきた。
■現在、公爵邸には十三代目ベッドフォード公爵の後継である、ロビン・
タビストック候が住まわれている。
■大変幸運なことにタビストック候とお会いすることができた。温かい手で握手をして下さり、
短い時間内でのたくさんの質問に心よく応えて下さった。
■「アフタヌーンティーの創立者の後継ぎとして、紅茶のマナーとか飲み方とか、受け継いだ家訓のようなものがありますか」
■私の質問にタビストック候は、にこやかにそして、こう応えられた。
「紅茶はすばらしい飲みものです。それは、どんな人も自分の好みの味で楽しむことができるからです」
■今年もダージリンのオータムナルが楽しめる季節となった。「これは大人の味だから」と言わず、湯で薄めたりミルクを入れたり、小さな子供にも飲ませてみようと思う。
タビストック候の温かい手を思い出しながら。 |